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UNIX的なアレ

UNIX的なこととかいろいろ

想いは時間に喰われるか

ベンチャーを立ち上げて、とにかく突き進んでいる時って人は最強になれる。こういうときって最初の「想い」だけで動いていて、どれだけ働いても戦い続けられる無敵状態になっている。

自分の想いをそのまま実現しているからこそ疲れないし、どこまでも走り続けることができる。この無敵状態ってプライベートにも反映されるもので、仕事が無敵状態の場合はプライベートも無敵でいられる事も多いと思う。

とはいえ実際に会社のビジョンやミッションって最初から決まっているような会社ってあまりなく、事業をつくっていく中で徐々に固まっていくことが多い。

そのビジョンが固まっていくなかで経営者の「想い」が成長することは本当に素晴らしいこと。いままで描いていた想いが抽象化されたり具体化されたりで、企業として成長をできるビジョンになっていく。そうできる会社や経営者は健全な思いで会社を経営できているはず。

これはあくまで従業員目線ではなく、経営者側の話。想いがピュアすぎた結果、ブラック企業化するって話はいったんおいておく。

想いはいつまで続くか

でも、何かのタイミングで想いが喰われることがある。何によって喰われるかはいろいろあると思う。単に時間によって風化しただけかもしれないし、心が折れたのかもしれないし、時代の変化かもしれないし、事業が思うように行かなかったのかもしれない。想いが強すぎて、責任感が強すぎて、それに押しつぶされちゃうなんて悲しいこともある。

そして何らかの理由で想いが喰われてしまって、当初の想いがよくわからなくなったとき、本当にやりたいことかわからなくなってしまったとき、最初に思い描いてた未来に立ち戻るしか無いんじゃないかなって思う。創業者としてピュアすぎて、最も未熟だった時の無邪気な想い。たぶん、そこをベースにまた引き直すしか自分を戻す方法は無いんじゃないかな。

過去の自分に立ち戻る

wadap.hatenablog.com

こうやって過去の自分の考えをみると過去の自分に気付かされることってある。初心忘れるべからずとはよくいったもので、最初ってただ自分の事業が前に進むだけで喜びがあったし、小さな出来事一つ一つに大喜びすることができた。でも人の幸せの水準なんて上がり続けていくもので、小さなことではだんだんと気づかなくなっていくもので。そんなことの積み重ねで、だんだんと方向を見失っちゃうことってよくあること。

新卒のときに言われた「幸せのレベルを下げよう」という言葉は今になって言葉の価値がちょっとわかった気がする。

最近の相次ぐサービスの終了と、この時期になると毎年思い出すこと、そして自分の仕事と価値について考え直す機会が重なったのでいろいろと書いてみました。さて、今日からまた頑張ろう。