UNIX的なアレ

UNIX的なこととかいろいろ

スタートアップにおける点の正義と線の合理性

テストを書くかどうかみたいな話がよく議論に上がりますが、毎回賛否両論なわけです。CTO向け1on1を続けていく中でも近い話がよく議題としてあがりました。

wadap.hatenablog.com

当然な話でどっち側の意見も間違っているわけではなく、話している背景が違うのが根本的な原因なんだと思っています。そこを自分なりに考えをまとめてみました。

点で語る正義

これはまず一方からだけみた正しい回答のことを指します。まずこの点でみたらテストの議論に関して言えば当然「書いたほうが良い」という結論になります。会社の経営的な話で言えば「赤字よりも黒字のほうがいい」ですし、人事観点だけで言えば「人はやめないほうが良い」という事になります。

点で語ることは非常に大事なことですし、世間に様々な先人の知恵があります。点だけでみると変数は少なく、判断しやすいと思います。一方で圧倒的な正義になりやすく、これを振りかざされてしまうと正直なところ反論が難しい。なぜならその点においては間違っていないからです。

線からみた合理性

一方で、ビジネスというものは点だけでは成り立ちません。どんな組織であれ会社である以上は、何らかの収益を生み(もしくは生むことを目的とし)プロジェクトを進めていきます。そうなると、点で語るべき正義がどんどんと増えていきます。

エンジニアだけの組織であれば点の正義だけで通用しやすいと思いますが、お金のことが絡んできたりするとどうしても合理性も考慮して考えないといけないことは多々あります。そのため、技術的な正当性よりもリリースが優先されるようなことが起きます。一方でこの合理性という観点だけでも非常に危うい側面をもっていて、むちゃくちゃな労働環境などはこちらの合理性のみの観点から生まれるものです。

なのでこの二点はAll or Nothingではなくバランスが必要というわけですが、このバランスは事業の特性よって大きく左右されるのではないかと思います。

ビジネスモデルが成立している場合

ある程度市場が確率していて、ビジネスモデルがたてやすい場合は新しく始めるとしても既存の仕組みのリプレースに近いものなので、変数は比較的少ない。

ということはある程度の予測はたてることができ、それに応じた経営ができるということになります。こうなると最初から合理性だけで突き進むのは危うく、点の正義を最初から意識したプロダクト開発が必要になる。ピボットする可能性は低く、固く作ることそのものがプロダクトの価値になるからです。

ビジネスモデルが確立していない場合

スタートアップに多いケースですが、ビジネスモデルがないけどなんかでかいチャンスがありそうみたいなケースがこちらです。こちらに関して言うと、いま進んでいる方向が正しいのかどうかなんてまぁわからないのが普通です。

BtoCのサービスなんて暗中模索の中進んでいき、小さなピボットを繰り返し、偶然からうまれるマネタイズで奇跡的に成功するみたいなものだと思います。

こうなるとどうしても目の前の合理性のほうが重要視され、リリースが再優先になってきます。程度の違いはあれど、どうしてもそうなる傾向にある。サービスの進化という点において立ち止まってられない時期はあります。

大事なことは経営とのコンセンサス

そのため、自分の目線だけで語ることではなく経営とコンセンサスをとっておくことだと思います。

いまでこそエンジニアが活躍できる会社は増えています。あれもただ総判断したわけではなく、経営陣が会社の成長に必要だという経営判断をしているからです。

とはいえ会社のフェーズによってもこのあたりの判断は変わっていくと思うので、判断基準は固定になるものではなく常にアップデートしていく必要があるのだと思います。